有馬忍さんのこのCDの音源と一緒に送ってもらった簡単な資料に「30年のブランクにめげずギターを弾き始める」と書かれていた。つまり有馬忍さんは、今から30年ほど前にギターを手にして歌ってたものの、さまざまな事情から音楽活動を続けることを断念し、それから30年近い歳月を経て、またギターを抱えて歌いだしたということだ。30年前、すなわち1970年代後半、ぼくは有馬忍さんと一緒にライブをやっていたことがある。昔歌っていた彼女を知っていて、その圧倒的に素晴らしい歌にぼくは注目していただけに、今回の「復活」というか、初めてのソロ・アルバム・デビューを喜ぶ気持ちはひとしおだ。もちろんこのアルバムで初めて有馬忍さんの歌を聞いて、その世界に引き込まれる人もたくさんいるだろうが、彼女の昔を知る一人としては、こうしてまた歌ってくれ、しかもその歌が昔以上に素晴らしいというか、歌う喜びとしあわせに輝きわたっているのだから、熱い思いに襲われずにはいられない。「ブランク」とは、空白という意味だが、有馬忍さんのこのソロ・デビュー・アルバムを聴くと、彼女にとって歌わなかった30年間というのは、決して何もなかった歳月などではなく、歌へと向かうエネルギーを貯め続け、こうしてまた歌うための機会をじっと待ち続けていた、とんでもなく濃密な時間だったということに気づかせる。正確に言うなら、有馬忍さんはギターを抱えて歌うことがなかった30年間も、心の奥底で歌っていたのだ。「コミットメント・ブルース」の締めくくりで、「いちばん大事なものなんて/なくしてはじめてわかるから」と歌われているように、有馬忍さんは歌うことをやめることによって、やめざるをえないことによって、歌うことの大切さ、その素晴らしさを、ずっと切れ目なく歌い続けている人たち以上に深く知ることができたのではないかとぼくは思う。
 このアルバムの多くの歌は、有馬忍さんが今も暮らしている横浜を舞台としているものが多い。横浜の歌といえば港。港の歌といえば、女が港で、男が船。ふらりと自由に旅に出ていく男を女がじっと待ち続け、疲れ果てて旅から帰って来た時はあたたかく迎え入れるというパターンだ。
 このアルバムでもそうしたシチュエーションの歌が登場するが、有馬忍さんの力強い歌からは、わたしはただ待つだけの港のような女じゃないという気魄や根性が伝わって来る。そう、有馬忍さんの歌は、何も恐れず、嵐の中でも飛び出してく船のようだ。このアルバムは、30年の「ブランク」にもめげず、敢然と進み始めた彼女の美しい船出なのだ。